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jueves, 16 de noviembre de 2017

ハンガリーの聖エリザベト王妃



記念日 11月17日

 エリザベトは1207年にハンガリーの王女として生まれ、4歳の時、ドイツのチューリンゲンの領主ヘルマンの子息で当時11歳のルードヴィッヒと婚約させられた。そして領主の希望により、将来領主の后として必要な教養を与えるためにチューリンゲンのワルトブルク城に迎えられた。
 エリザベトを愛していたルードヴィッヒと結婚したのは1221年で、1男3女の母となった。彼女は家庭においては常に良い妻であり、賢明な母であったが、城外に住む多くの貧しい人々と病人、特に癩病者を場内に連れて来て、自ら洗い清め、自分のベットに寝かせたと伝えられている。
 エリザベトの幸福な結婚生活は6年しか続かなかった。1227年彼女の夫はフリードリッヒ2世に従って第5十字軍に参加する決心をして、聖地に向かったが、途中イタリアの港で不幸にも病気で倒れ、帰らぬ人となった。時にルードヴィッヒは27歳であった。
 エリザベトは深い悲しみに沈んだが、それに加えて、さらに大きい困難と苦悩とが次ぎに待っていた。夫の死後間もなく彼女の義弟がエリザベトと子供たちを城外に追放したので、寄る辺ない身でアイゼナハの町へと下って行った。しかし、町の人々はこの慈悲深いかっての王妃を迎えず、温かい手を差し伸べようともしなかった。その理由は新しい領主がエリザベトに宿を提供しないようにとの命令を出したからであった。
 彼女は夫の葬式を済ませてから、フランシスコ会の第3会員になることを許され、マーブルグの村の小さな家に住んで祈りと清貧と慈善の生活に全身全霊を献げた。そして飢えた人には食べ物を、ぼろをまとう人には衣服を、悩み悲しむ人には慰めを与えて世話をした。
 こうした謙遜と忍耐の生活を2年あまり過ごしてから、1231年24歳の若い魂を神の御手に返した。


カトリック教会の外には絶対に救いがありません


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