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lunes, 28 de agosto de 2017

洗礼者ヨハネの殉教 




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洗礼者ヨハネの殉教    Decollatio S. Joannis-Baptistae    記念日 8月29日
 
  旧約時代には下万民を虐げ享楽に耽るような暴君悪王が出ると、天主はしばしば預言者を遣して之を戒め給うた。例えばアカズ王に対するイザヤの如きそれである。しかし多くの場合かような非道の君主は改心を拒み、諫言した人々を蛇蝎の如く憎んでその生命を奪うのが常であった。主の先駆者にして旧約時代最終の預言者と言われている洗礼者ヨハネもそういう悲運の犠牲となった一人であった。
 主イエズス・キリストが公生活始め給うた頃、ヘロデ・アンチパスという者がローマの許可を得てユダヤ分国の王位にあった。これはかのベトレヘムに於ける罪なき幼子を虐殺したヘロデの子であるが、父に劣らぬ悪虐非道を以て聞こえ、殊にその正当の妃であったベドイヌ王アレタスの王女を捨てて、自分の弟フィリポの妻ヘロデアデを娶った罪の如きは、一方ならず世人を驚倒させたものであった。けれども普段はモーゼの律法遵守に就いて厳格極まるファリサイ人等も、その他の人々もことごとく王の権威に恐れをなし、誰一人その面を冒して諫める勇者はなかった。
 この時に当たり王の宮殿に推参し、「陛下がヘロデアデを妃として容れ給うたのは。人の道に外れた所行でございます」と憚る所なくその非を糾弾したのは、洗礼者ヨハネであった。主の道を直くしその民を備える使命を帯びて、貴賓貧富老若男女の別なく悔悛をすすめていたこの苦行者は、唯主の聖旨に添わぬ罪悪の咎むべきを見るのみで、相手の身分も位もその眼中に置かなかったのである。
 ところがその言葉に良心を刺されてヨハネをいたく憎んだのは、王よりも妃のヘロデアデであった。彼女は王をそそのかして早速彼を縛り、マケールス市外なるヘロデの城の地下牢に押し込めさせた。そして折を見てこれを殺すよう王に迫ったのであるが、ヨハネが人民の間に偉大な預言者と仰がれている事実を知っているヘロデは、反動を恐れてなかなかそれを承知しなかった。
 然るにちょうどヘロデの誕生日のことであった。王宮の大広間に盛大な祝宴が開かれ、綺羅星の如く居流れる貴き賓客を前に、ヘロデアデの連れ子、王女サロメが父王の所望に応じて一さしの舞を舞った。眉目よく姿美しい彼女の引く手差す手は満堂の人々をことごとく魅了し悩殺せずにはおかなかった。舞い終わるや期せずして四方より起こる絶賛の声に、ヘロデも面目を施した思いで喜びに耐えず「見事見事、この報酬には何なりともそなたの望む物を取らそう」と恩賞の約束をしたのである。
 所望の品に思い迷うたサロメは、母のヘロデアデに相談した。ヘロデアデは今こそヨハネの命を断つ絶好の機会と思い、サロメの耳に口を当てて恐ろしい事を言い含めた。
 「父上、お願いでございます。洗者ヨハネの首を斬り、盆の上にのせて私にお与え下さいませ」
 虫も殺さぬようなやさしい娘の口から、この途方もない願いを聞かされたとき、ヘロデの驚きはどのようであったろう!しかし綸言は汗の如し、「望みの物は何なりとも与える」と、満座の前で一度誓った言葉を反古にするのは、王の権威を失墜するようで心苦しい。ここに於いてヘロデは内心自分の前言を後悔しながらも、ついに列席の人々の手前使者を急派し、獄中にヨハネの首を刎ねて持ち来たらしめ、これを盆にのせてサロメに与えたのであった。聖ヒエロニモの伝える所によれば、ヘロデアデは娘からその首を受け取ると、憎悪の形相物凄く針でヨハネの舌を突き刺したというが、何と恐ろしい心ではないか。
 かくて主御自らに「女より生まれたる中最も偉大なる者」と御賞賛をかたじけのうした洗者ヨハネは正義の為に貴い最期を遂げた。それはまた世の救いの為十字架上に聖い御血を流し給うたイエズス・キリストのかたどりともいうべく、あくまで主の先駆者たるにふさわしい死といえよう。
 これを知ったヨハネの弟子達は恩師の遺骸を引き取り程近い所に手厚く葬ったが、後その遺骸はサマリアなるエリシャ預言者の墓に合祀保存された。またヨハネの首は廻り廻って始めはシリアのエメサに、次いでコンスタンチノープルに保存されたが、1204年フランスのアミアン市に移されたまま今日に及んでいる。
 虐王ヘロデはユダヤの歴史家として名高いヨゼフ・フラヴィオによれば、廃妃の父なるアレタス王との戦いに敗れてローマ皇帝カリグラに王位を奪われ、妃ヘロデアデ、王女サロメと共にガリアの地に遷流の憂き目を見、王と王妃は淋しくも配所に骨を埋め、サロメは凍れる池の上を歩行中水に落ち入り、氷に首を挟まれて悲惨な死を遂げたという。

教訓
 洗者聖ヨハネは正義の為には王侯の権威も恐れず直諫した硬骨の士であった。我等も彼の勇徳にあやかり、正しき道の為には千万人といえども我行かんの気概を失わず、他人の罪に決してくみせぬばかりか、及ぶ限り之を諫止するよう努むべきである。

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